旅行記

良いことづくめのインドの話

無事に通過儀礼を追え、清々しい気持ちでトイレを後にする。
(不浄の手デビューはしていないので儀礼は終わってない気もする。)

夫の元に帰りながら、インドに入国してから一度も写真を撮っていないことに気づく。
アライバルビザで写真🤳を撮ったのが最後だった。

心に余裕が出てきた。

一旦夫の元に戻ると、彼は彼で周辺を探索してくれていたようで、
ガラガラに空いている待合室(まぁまぁ暖かい)を発見してくれていた。

その待合室に移動する。

3時間前に見たときは床にも寝っ転がる人たちで満員だった。


カメラを取り出し周辺を撮りに出掛けた。

こちらから見るとヒンディー

オールドデリー駅
SONY DSC

こっちからみると英語。
ステーションマネージャーの部屋

私の目で見たままの状態を撮りたかったので暗い。

ステーションマネージャーの部屋を外から。
私たちがお世話になったベンチにはすでに人が座っていたので中に入って写真を撮らなかった。


電光掲示板近くの風景。オールドデリー駅で一番明るい場所。


一通り撮り終えてふと、電光掲示板を見ると、アジメール行きの列車が2時間ディレイに変更になっとる!!(AM8:25発がAM6:25発に!)


夫に教えなきゃ!とそそくさと移動。

彼も待合室の電光掲示板できちんとチェックしていたようだ。
なんとか列車に乗れるかも?という希望に、二人に生気が戻ってきているのを感じる笑。

ひとまず私は日記をつけることに。
夫は座ったまま眠りの小五郎。







外も明るくなってきたので、とりあえずアジメール行きの列車が止まるホームに移動してみる。


ホームにはすでに列車が停まっていた。


なんだ?なんだ?

どこ行きなのかもまったくわからないが列車が停まっている。

窓から中をのぞいてみたり、いろいろしたけど、何も反応がない。

ただの屍列車のようだ。

とか遊んでいたら、いきなり




ジャジャャァーーーン!!!!



という音が鳴ってびっくりした。

どうやらアナウンス前の注意音のようだ。


動きを止めてしまうほどびっくりさせらせたことにイラッとした。


ヒンドゥー語はわからないけども、アナウンスを聞いた後の周囲のインド人の動きには注視した。
同じホームにいるインド人が移動し始めるようならひとまずついていくしかない。


何かしらお知らせが貼ってあるであろう掲示板に近づいてみる。

案の定わからない。



遊ぶしかない。


これは悪意笑い遊び。



一通り遊んで飽きてくる。
時刻はAM8:00頃だった。


AM6:25にアジメール行きの列車が発車するとは思っていなかったけども、きっと電光掲示板は情報が新しくなっているに違いない。


電光掲示板を見に行くか、と移動をしてみる。


電光掲示板の情報はまた4時間ディレイに戻っていた。(AM6:25発からAM8:25発に)

もう何も思わない。ひとまず待つのみ。



ホームに戻ってぼけーっと立っていると、視界の端に足の長いすらっとした女性が立っているのが目に入った。
チラ見する。


日本人っぽい・・・けど・・・・・。
マスクをしているのではっきりとわからない。


私、もじもじし始める。
目が悪いので女性がどこを向いているかもわからない。

夫にコソコソと話しかける。
「日本人っぽいよ。」
「同じ列車かな。」

私たちのもじもじがピークに達した頃、その女性の傍に男性が近寄っていった。

連れの人のようだ。
夫婦か??



そうこうしているうちに男性はまたどこかへ行った。



今しかない!と女性へ話しかけてみた。


「に、に、日本人ですか??」

女性「はい!」
















そんでもってマスクに隠れて目しか見えないけど、











(なんだか元気になる私)


彼女もアジメール行きの列車を待っている。


やったね!!
列車待ち仲間が増えた。


2(私たち)対1(彼女)の質問攻めが始まる。

インドに着いたのはいつ?
なんでインド?
年越しどこでするの?
アジメールからどこか行くの?
オールドデリー駅のどこにいたの?
ってか一人?

ねぇ ねぇ ねぇ!


わいわいやっていると、先ほどの男性が戻ってきた。


それぞれもっかい挨拶して、なんやかんやと話していると、二人は兄妹ということが判明。


インド大好きの兄(年1回は絶対インドに来ているようだ)
そんな兄の話を聞いて、兄に頼んで、今回インドに来た妹(インド初)


2人はアジメール行きの列車の1stクラスを予約しているようだ。(私たちは2ndクラス)

妹にインドを好きになってもらいたいという気持ちが端々からくみ取れる兄の旅行プランを聞く。
これからジョードプル→バラナシ→アーグラ→デリーに戻り、妹は日本へ。
兄はプラス1週間インドに残り、砂漠?の方に行くとかなんとか。


日向に移動したりしつつ、ずっと立ち話をしていた。(4時間)
この2人に出会えなかったら、確実に10時頃には断念して、デリーのホテルに籠ってしまっていたと思う。



周囲のホームにいたインド人が移動を始めたので、これは列車が来た。と踏んで私たちも移動を始める。



私たちがいたホームはそんなに混んでいなかったけど、電光掲示板のあるあたりに行くと、かなりの人で(朝の通勤ラッシュ時くらい)ごった返していた。

私と妹は話をしながら、「ひとまずfacebookで見つけあおうねー」とか話していたら、夫と兄と
はぐれた。

え?えー!?とかいいつつ、人の波にのまれるまま歩く。


列車の外側にはクラスが書いてあるので、2ndと1stを目指す。


歩いていると夫を発見。



兄も1stクラスの列車入口前で発見。



列車は車両間移動ができないようになっているので、ここでお別れ。

「よいお年を~。日本で会いましょう」と言ってそれぞれの車両に乗り込んだ。


ほぁ!


??


2ndクラス・・!?


2ndクラスってヨーロッパだったら、まぁまぁ良いクラスだったので、ちょっぴりがっかりした。




んでもって私の予約した指定席に行くと、その席で寝転がって寛いでいるインド人がいた。





笑顔で「Hi」と言いつつ、
「どけ。」と言わんばかりに近づく。



インド人も察して笑顔で離れていく。


なんとか席につけた~。

私たちの予約した2ndクラスの座席はベッドタイプになっていて、寝っ転がる事ができた。
カーテンでベッドを隠すことができるから、なかなか快適。

ドアは無いけどコンパートメントタイプの上下2段のタイプと、通路に沿って上下2段のタイプがあって自由に選べる。


おすすめは通路に沿ってるタイプの下。

窓側だからオススメ



上下2段の席を予約したけど、ひとまずは二人で下のベッドに座る。



ベッドに座ってしばらく待つと、ついにその時が。




列車が動き始めた。


時刻はPM12:15


長かったね。ほんと長かった。






ついに魔都デリー脱出。

やっと「世界の車窓から」を脳内再生する時がやってきた!

列車は走り始めると、停まることなく順調にデリーから離れていく。

インド大好き兄から、
「1stクラスだと食べきれないくらい食事が出てくる」
らしく、
「おそらく2ndも結構食事が出てくるはず。」
と聞かされていた私たちはわくわくが止まらない。


ひとしきり車窓から見えるインドの街並みを堪能した後は、運ばれてくるかもしれないご飯に備えて、カーテンを全開にしておいた(寝ていると判断されたらご飯食べられないかも。と思ったため)


ほどなくして、一人の少年がご飯らしきものを持ってやってきた。

夫とばっちり目が合った少年は一つの箱を夫に手渡しした。

そして

「20ルピー」

とな。



ただのご飯売りの少年でした。


2人ともお腹が空いていたので、すんなり20ルピー払う。



機内食のような容器にご飯がいっぱい詰めてあって固めのアルミホイルで蓋がしてあるもの。
ケチャップのような色のソースがついていた。

ちょびっと付けて食べてみる。


とてーも辛かった。

もりもり食べる夫を無言で見つめていた。




その頃の日常生活において、辛い時期を過ごしていた私は、
「インドに行って、さらに思い通りにいかない現実を突き付けてほしい」と思っていた。

思い通りにいかない現実をなんとか乗り越えるということ、達成感を得たいと思っていた。



待っていた列車に乗ることができて、予約した席に座ることができて、乗っている列車が走っている。



それだけで胸がいっぱい。



まだ、目的地のチットールガルにも着いていないのに、このウィニングラン状態。



・・・チットールガル駅に降り立った瞬間、歓喜の雄叫びをあげるかもしれない・・・。


ご飯を食べたあとは、それぞれの席に別れて休むことにした。

この列車の終着駅であり、私たちが乗り換えをしなくてはならないアジメール駅までは所要時間8時間ほど。


上の席に移った夫はすぐに眠りについたようだ。
窓がついてないから、そりゃ寝るしかない。


私の方はオールドデリー駅で結構寝させてもらえた事と、興奮でドキドキ、ワクワクがテンパイ状態の、「何なら動悸もっと激しくしましょうか?」な心臓具合だったので、まったく眠くない。

靴を脱いで席の下へ置く。



デリーから離れ、荒野を走り始めてから、特に代わり映えもしなくなった外の風景を、それでも楽しく眺めていた。



8w時w間wほwどwwww!!



アジメール駅までに十数駅は停まったけど、私専用の車窓から見える景色は、ほっとんど荒野だった。

何を思ったか、延々と続く荒野の動画を撮った。


インド兄妹の降りる予定のジョードプル駅に着いた。
私専用の車窓に顔面こすりつける勢いで外を見たけど、インド兄妹を見つけることはできなかった。
インド兄妹のその後の旅程にアクシデントが起きないことを祈った。


ジョードプルからは2時間弱でアジメールに着く予定だ。
私たちに関係のある列車の時刻表を片っ端から出力して冊子にしていたので、アジメールからチットールガルに向かう列車の時刻表を見る。

アジメールには19時30分~20時頃に着けそうだった。

何が起きるかわからないと思って、オールドデリー駅からアジメール駅までの列車しか予約していなかった私は、カーテンを閉め切った席で独りですっごいドヤァ!な顔をしていた。

『当初の予定通り4時25分にオールドデリー駅を出発できていたら、12時過ぎにはアジメール駅到着予定だったから、この13時30分アジメール発の予約しようって思うでしょ~。ふふふっ!甘い甘い!!!ここは日本じゃございませんのよ!??インドなんですからねっ!!?』
みたいなことを声には出さず、口をパクパクさせながら時刻表を見ていた。





時刻表で20時20分アジメール発コーダ行きの列車を発見。

コーダ行き列車の停車駅の真ん中らへんの駅がチットールガル駅。
この列車に乗れることができれば、23時頃にチットールガル駅に着ける。


これに乗れなかったら、明日の朝一の列車で行くしかない。



明日は12月31日。
今日中に着いておきたい。


私がアジメール駅に着いてからの行動を脳内イメージしていると、夫が起きて私の席に入ってきた。
寝ぐせがばっちりついていた。


外はすっかり暗くなっていて、閉めていたカーテンを開けると、2ndクラスの車両には、私たちしか乗っていないことに気づいた。



もう次が終点のアジメール駅かも。



そう思いながら少しボーっとしていると、視界の端で、列車の床を何か大きな物体が俊敏な動きで移動したのが見えた。



ね、ネズミ??




時間差で襲ってきた恐怖。



で   か   い ! ! !


え?

あいつに噛まれたら結構深手負うんじゃね?


しかも動きが早いし!



席の下に置いていた靴を取り出し、空いた席の上に靴底を上にして置かせてもらった。




私が小学生の頃、山に食べ物がないらしく、民家のある場所まで野生のイノシシが降りてきてしまうという事が1回あった。

人が襲われるとか、そういった事件は全くなかったけど、近所の畑がほぼ毎日荒らされていた。
そんな中、畑を持っていなかった我が家もイノシシ被害に遭った。



姉の運動靴がズタボロに噛み千切られていたのである。(なぜか右の靴だけ)



それはもう、メッタメタのズッタボロに。



小学生の時分、このズタボロ靴が人間だったら・・?と想像して戦慄した。
「ぐへへ!次はこの靴の持ち主をこんな状態にしてやるぜぇ!!」と、よだれを垂らしながら噛み千切っている映像が容易に想像できた。


そう、ズタボロ靴は非常に臭くなっていた。獣臭が半端ない。



今見たネズミも、きっとこの芳しい人間臭のする靴を前にしたら、よだれギットギトのメッタメタにマーキングするに違いない!!!


そう思って席の上に置かせてもらったんだけど、通りかかった駅員さんに怒られた。
靴は床だろ。って。



そうですよね。はい。


記念に2ndクラスの車内を撮った。


1stクラスがどんな感じなのか気になる所です。




そうこうしているうちに列車は終着駅のアジメールに着いた。


時刻は19時50分だった。


なんとか20時20分発のコーダ行きに乗れるかもしれない!!

急いで降りる。


アジメール駅はホームの数が少なく、降りたホームの向かいのホームに列車が停まっていたので、それがすぐにコーダ行き列車だと分かった。


ひとまずホームへ向かった。
年末らしく、駅は人でごった返している。

ホームにも人があふれていたけど、駅員さんを発見。

駅員さんはみんな同じ制服を着ているので、すぐにわかる。
逆に制服を着ていない駅関係者面をしている人は、まず疑っていいんじゃないかと思う(偏見)
そう判断したくなるほど、制服姿の駅員さんはみんな共通して優雅な雰囲気を持っていた。

これがコーダ行きの列車ということと、切符売り場を確認。
急いで切符売場へ向かう。

が、教えてもらった方向に行き、うろちょろしてみたが、切符売場が見つからぬ!!
その辺に屯っている人にも聞いてみるが、「わからない・・切符売場はあそこだけど・・」みたいな返事。

その時、のんきにも『インド人ってわからなくってもとりあえず自信たっぷり答える』と書いてあったネット情報が、(当たり前だけど)全員に当てはまらないんだなぁとか考えていた。


20分近くアワアワと奔走し、発車時刻ぎりぎりに、なんとか列車に乗り込むことができた!!



一番切符代の安い車両、その名もゼネラル!!!




ゼネラルは自由席。


帰省ラッシュ時の新幹線の自由席、乗ったことありますか?乗車率120%とかっていう。


私は2回ほど、東京―地元間を乗車率120%の自由席のデッキ部分で過ごしたことがあるけど、通勤ラッシュと違って、お互いが触れるか触れないかの、触れないギリギリの距離感で過ごした覚えがある。

通勤ラッシュはみんな仲良くぎゅうぎゅうに押し込められている分、GYUGYU一体感に包まれてるけど、新幹線の帰省ラッシュは、パーソナルスペースをそれぞれ一定の距離で保とう!という意識がひしひしと感じられ、なんともいえない気まずさに包まれる。

通勤ラッシュほどの「みんな棒立ち状態!」のような混雑はしていないけども、帰省ラッシュみたいなパーソナルスペースを大切にするような雰囲気もない。
みんな無言でぎゅうぎゅうになりながら座り込んでいる空間、そして360度全方向から「え?なに人?こいつ」というインド人の熱視線を肌で感じる。
それがゼネラル。

私たちの一挙手一投足を逃すまいとするかのように、インド人たち無言で見つめてくる。



もう、伏目がちに俯くしかない私たち。


で、ふと顔を上げると、さっきまでめっちゃ私を凝視してたであろう、おじさんが全力で目を逸らす。



その後、3回ほど周囲のインド人と、「だるまさんが転んだEYE Ver.」 を楽しんだ。

「だるまさんが転んだEYE Ver.」をするのが辛くなってきた頃、一人掛けの席に座っていた青年が、夫に向かって話しかけてきた。

「ここ、半ケツで座ろうぜ!」

一つの椅子を友達と分け合って座った中学生時代が蘇って、思わず微笑んだ。

ただ、あの半ケツ椅子って、椅子の両側に空間があるから、はみ出た方の足で態勢維持ができてたと思う。
その青年の席は、窓際の壁に備え付けてある椅子なので、どちらかというと青年の上に半ケツ座りするしかなかった。

夫は一旦は座ったが、ほぼ青年の太ももに座る状態になり、青年と夫の間に甘い雰囲気が流れた所で
「いやいやいや笑」
と立ち、今まで座っていた床に座りなおした。

私はというと、コンパートメントタイプの長椅子にちょこんと座っていた。

その青年は革ジャンを着ていて、真顔が怖かったんだけど、私と夫が笑っているのを見て、笑顔を返してくれた。
あら、笑うとかわいいのねっ。

青年は終点のコーダまで行くようだった。
コーダで乗り換えて、もう少し先の地元へ帰るらしい。

私たちが「チットールガルに行く」というと、すぐに「あぁ!あそこは観光地だよね」と。

そういえば、インド人に自分たちの目的地を初めて話した瞬間だった。
それまでニューデリー駅の猛者(客引き)としか話していなかったので、こうやって英語で世間話ができることに感動した。

注:こうやって会話している間にも、もちろん「だるまさんが転んだEYE Ver.」は続いている。

青年と色々お話をしていると、私の向かい側に座っていた一人の女性が話しかけてくれた。

その女性の息子さんは中国で働いているらしい。
日本にも出張することがあるらしく、息子は日本が好きだと言っている。と教えてくれた。
また、こうやって日本人がインドに旅行に来てくれて嬉しいと話してくれた。

感激して、日本から持ってきた雑誌の付録(ブレスレット)をプレゼント。
(インドに行くって言ったら同僚が雑誌の付録をいくつか集めてくれていたらしく、「これを賄賂にしてインド人に立ち向かってくれ。」と託された。賄賂的な意味では使うタイミングがなかった。)

女性は喜んでブレスレットをつけてくれた。
そのお礼に、ビンディという、額(眉間?)に貼るシールを私の額に付けてくれた。

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